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inオーストラリア part9

【part8】まではこちら


とりあえず私はお店に出勤し、
グルーマーとしての仕事を与えられ、
一日を必死に過ごしました。

それから数週間、
呼ばれれば出勤し、
お店が暇ならお休み。

そんな生活を送りました。

『今日はありがとう。
じゃあ、また連絡するから!』

とか、

『Harumi!明日○○時に来てね!』

とか、

『次は何曜日に来てね!』

とか・・・

私は呼ばれたら行くと言う生活が数週間続き、
もしかして、
新しい人が決まるまでの繋ぎなのかもしれない。
いつ、もう来なくていいよと言われるかもしれない。

という不安を常に抱えたまま、
とにかく悪い印象を与えないように、
失敗しないようにと思いながら働きました。


そうしているうちにパースは段々暖かくなってきました。
凍える思いをした冬を乗り越え、
春を迎え、
そして暑い暑い夏がやってくるのです。

気温が上がるのと比例して、
お店にやってくる犬はどんどん増えて行きました。

毎日朝から夕方まで沢山の犬が連れられて来るのです。


私の出勤は次第に週5日ペースになり、
その頃にはもう、
いつクビになるかもしれないと言う不安はありませんでした。


次の月曜日につづく・・・(続きはこちらから)

inオーストラリア part8

【part7】まではこちら


男性グルーマーは、私が入っていくとニコニコして挨拶してくれました。
ポッシュプーチのオーナー店長・ジェフとの出会いです。

仕事を探している所だと伝えるとジェフは、
『今、グルーマーをちょうど探している所だよ』と言ってくれました。

これはチャンス!
私は履歴書を見せ、
少し会話をしました。

取りあえずその日は家に帰り、
連絡を待つことに・・・


後日電話があり、
『面接と実地テストをするから来て』と呼ばれ、
再来店しました。


一日研修です。

シャンプーをしたりドライヤーを掛けたり、
お手入れ全般をこなし数時間。

非常に働きやすい環境で、
明るくて楽しく仕事が出来ました。

その後面接。
少しだけお話をしました。

そして、
ジェフの答えはこうです。。。

『僕は日本に行った事があってね、
日本人は勤勉で良く働く事を知っているよ。
君はとても良く頑張ってくれたし、
良い仕事をしてくれた。

でもね、
君は言葉に問題がある。

コミュニケーションはとても重要なんだよ。

他にも希望者が何人かいてね。
もしかしたらまた連絡するかもしれないけれど、
連絡がなかったら残念だけど縁がなかった事にして欲しい・・・』
と立ち上がりました。

だから今日はもう帰ってね・・・と。

ここで諦めてはいけない。
これが最後のチャンスだと思い、
私は必死で訴えかけました。


『私はこのお店がとても気に入ったの。
とても働きやすくて、楽しくて。
是非ここで働きたいです。
もし働く事になったら皆より頑張るし、
どうしてもここで働かせて欲しい。
お願いします!』


今考えると、
この時の私の行動には、
自分でも驚いてしまいます。

それでも彼は、
わかったわかったと なだめる様に言い、
私はそのまま家に帰る事になりました。

あの反応では希望はないかなと、
落ち込んでいました。


そして・・・


その翌日、
電話が鳴りました。

『Hi Harumi!
明日お店に来て働いてくれないかな?
○○時に来てね。じゃあまた。』

ジェフからです!!!

つまりこれは、
面接に受かったと言う事でしょうか。。。

なんだか良く分からないけれど、
とにかく一日だけでも働く機会が貰えるなら頑張ろうと思い、
ポッシュプーチに出勤しました。


次の月曜日に続く・・・(続きはこちらから)

inオーストラリア part7

【part6】まではこちら

新生活

新しい家に移り、
まずはバスで街に出る為のルートを覚えました。

そのバスに乗ると20分ほどでパースの中心地(シティ)に着きます。

シティまでの移動中のバスの窓から見えていたグルーミングショップがあったのですが、
『あのお店もそのうち履歴書を持って行かないとな・・・』
と思いながら数日が過ぎました。


家の近くのショッピングモールに行ったり、
新しい生活品を揃えたりしてから、
やっと就職活動再開。

またバスや電車を使って色々な場所へ行きました。

思うように働き先が見つからなくて、
帰国の事も考えるようになった頃、
バスから見えていたあのお店を思い出しました。

あのお店に行ってもし断られてしまったら、
今度こそ帰国しなければいけないかな・・・
と思っていました。

自分で決めた最後のお店です。

いつものように履歴書を持ってお店に行き扉を開けると、
そこには男性グルーマーと数人の女性グルーマーがいました。

今まで行った所より働く人数が多い。

沢山の犬がいて活気にあふれていました。

お店の名前は、
『ポッシュプーチ ドッググルーミング』です。


次の月曜日につづく・・・(続きはこちら)

inオーストラリア part6

【part5】はこちら

シェア生活

シェアと言っても同居人とは生活サイクルの違いから特にコミュニケーションを取らなかった為、
寂しい独りの生活がスタート。

ホームステイ先は子供が3人居たので賑やかでしたが、
急に孤独な気分になりました。

しかもこれから段々寒くなる季節だと言うのに、
一人には大き過ぎる部屋。
暖房器具も買えず、夜は寒くて凍えました。


パースは冬でも手袋マフラーが不用でしたが、
夜は冷え込む日もありました。


スーパーでブランケットを一枚調達。

それでも寒くて次の日にもう一枚購入。

それでも寒くて、
飲み干した水のペットボトルにお湯を入れて、
湯たんぽ代わりにベッドに何個も入れました。

それで何とか寒さをしのぎました。

まさかオーストラリアで凍える思いをするとは・・・


自分はお金があまりないのだから、
節約をしなくては!と言う気持ちが強く、
必要最低限の物しか買わなかったので、我慢の生活。

収入が全く無いのって、とても不安でした。


次の月曜日につづく・・・(続きはこちら)

house
新住居

inオーストラリア part5

【part4】はこちら


就職活動inパース

何軒かお店を回り履歴書を配った結果、
その場で断られる事がほとんどでしたが、
不採用でも、検討して電話や文書で連絡してくれたお店もありました。

中には電話をくれて、
一日だけバイトをさせてくれたお店もあったのですが、

長期採用に繋がる事がなく、
毎日沢山歩いた事と、不安と緊張感から疲労が溜まっていきました。

ふと、
なんでこんな所に来てしまったのか・・・と思う時もありました。



そして、
ホームステイ先を出る日が迫ってしまいます。


仕事が決まったら、
通勤しやすい場所に部屋を探そうと予定していましたが、
仕事より先に部屋を決めなくてはいけなくなります。


掲示板などを見て探してやっと決めた新しい部屋は、
比較的家賃の安い地域にあり、
家は新築でとても綺麗でした。

その家に部屋は3つ。
私は一番大きな部屋に入り、
後の2部屋には他の留学生が入っていました。


新しい環境で、
赤の他人との共同生活の始まりです。


つぎの月曜日に続く・・・(つづきはこちら)

ホームステイ
(ホームステイ先を出る前夜。家の子供たちと)

inオーストラリア part4

【part3】はこちら

就職活動inパース

アポなし飛び込みなんて、
本当は失礼に当たるのかもしれないけれど、
電話で申し込んだら、その時点で断られると思ったので、
敢えて電話をせずに飛び込みました。

それ程、
私の英語は片言でした。


毎日決めたエリアの方向へ、
ひたすらお店を探して歩きました。

一日10キロ近く歩く事もありました。

緊張感が一番高まる瞬間は、
お店を見つけた時。
見つけても営業していないお店も多々ありました。


営業中のお店のドアを開け、
『私は日本でドッググルーマーをしていて、仕事を探している所なんです』
用意した履歴書を見せる。

ここからちょっとしたやり取りが始まり、
会話をしてくれるとホッとしました。


part1で触れた、
季節の問題に気がつくのは、この頃です。

オーストラリアは南半球で、
季節が日本と逆ですから、
5月頃はこれから段々寒くなってくる時期。

これから冬。

寒くなってくると、
ドッググルーミングショップは暇になってくるのです・・・

良く考えれば分かったはずなのに。

お店の人に言われる事は、
『これからの季節はお客さんが減るからね~』
『お店が暇になるから今は(雇用の)空きがないの』

そして
『夏になったら忙しくなるから、もう一度来て欲しい』

これを言われちゃ、
諦めるしかない・・・と引き返しました。
夏まで待ってたら、私の貯金も危ないので、
もう日本に帰るしかないかなと思っている頃、

ホームステイ先に住める約束の期間が迫り、
新しい住居を探さなくてはいけなくなります。


これからどうなってしまうのでしょう・・・

つぎの月曜日に続く・・・(つづきはこちら)

inオーストラリア part3

【part1】はこちら
【part2】はこちら


パースで就職活動。

語学学校に通っていた頃から学校の先生にチェックしてもらったりして、
英語の履歴書を作っていました。
英語の履歴書って手書きじゃないんですよね。
PCで作成しました。


履歴書を何枚も用意。

電車やバスの路線図と時刻表の案内の冊子を全て家に持ち帰る。(大量)

ホームステイ先にあったイエローページ(日本にもありますが、黄色い分厚い電話帳です)を部屋に持って行き、パースのグルーミングショップを片っ端からノートに書き写す。(大量)

本屋でパースの地図を買う。


それから・・・


住所と地図を見比べ、
電車やバスの路線図を照らし合わせエリア毎にショップを分けて行く。

行く方向を決める。
この日はこのバスに乗ってこのエリア、
次の日はこの電車でこのエリア、
と、
バス停・駅までの行き方と、
どこでバスを降り、また乗ったら一番良いかをノートに書き取る。


ここまで出来たら、
後は出発するのみ。

アポなし飛び込みの、自分売り込み活動がスタートです。


次の月曜日に続く・・・(続きはこちら)

inオーストラリア part2

【part1】はこちら

2004年4月

オーストラリアでの生活。

日本で手配してあったホームステイ先に2ヶ月住む事になっていたので、
まず住む所は問題なし。

それから、取りあえず現地に慣れる為に、語学学校に1ヶ月通いました。
普通、語学学校って半年とか数年通うものらしいので、
周りにはちょっと短すぎると言われたけれど、
私は1ヶ月で卒業。

その短い期間でも、
色々な事が学べたし、
その時知り合った友達とは今でも仲良しです。


卒業セレモニー(毎週ある)の時は、
英語でスピーチをしなくてはいけないのですが、
生徒の前で、
私はドッググルーマーとして、
オーストラリアで働く目標を持って来た事をスピーチしました。

2ヶ月目。
私のグルーミングショップ就職活動が始まります。



次の月曜日に続く・・・(続きはこちら)

inオーストラリア part1

2004年4月
オーストラリアのドッググルーミングショップで働くために単身渡豪。


Q,なぜ海外で働こうと思ったのか。

A,違う国、違う場所、違うお店で違う人と働く事は、自分にとって必ずプラスになると思ったから。


Q,なぜオーストラリアにしたのか。

A,英語が好きだから。ビザが取りやすいから。


Q,なぜパースにしたのか。

A,オーストラリアの中でも物価の安い所で、住みやすそうだから。


Q,なぜ出発が4月なのか。

A,特に理由はありません。ちょうど貯金が目標額まで貯まったから。
  (しかしこの安易な考えが、後の苦労を生む・・・)


友達にはいつ帰ってくるのかとよく聞かれましたが、
「2~3ヶ月で帰ってくるかもしれないし、一年後かもしれない」と答えました。

実際、3ヶ月滞在出来る程度のお金しか持っていなかったので、
仕事が見つからず、収入がなければ帰国するしかないと言う状況でした。

自分でもいつ帰ってくるかは分からずに、飛行機に乗りました

次の月曜日に続く…(続きはこちら)

AUS

先日、
オーストラリアに住む日本人のお友達から久しぶりに電話を貰ったり、
ワーキングホリデーで一年間オーストラリアにいた事があると言う人とお話ししたりして、
オーストラリアに居た頃の事を少し思い出したりしたので、
この機会にブログで振り返ってみようと思いました。

オーストラリア西海岸の都市パース。
アテネオリンピックを一人でTV観戦したので、4年前になります。
2004年の4月に旅立ち、2005年の4月に帰国しました。

季節はちょうど今頃です。

普段はあまり思い出に浸ったりしないのですが。。。

月曜日にアップしてみます。


いつもありがとうございます

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